スペイン文化・サルスエラ

桜田ゆみ スペイン文化・サルスエラ

1992年~1997年、スペインに留学。Escuela Superior de Canto de Madrid(マドリード国立声楽音楽院)で学び、マドリードの伝統芸能サルスエラと出会う。
帰国後、日本サルスエラ協会を旗揚げ。 スペイン歌曲の女王・柳貞子女史と、スペイン音楽の重鎮・濱田滋郎氏を顧問に迎え、サルスエラの本邦初演公演をプロデュース。 翻訳から日本語歌詞制作、脚本、衣装、舞踊振付、演出を手掛け、五作品を上演し、2005年「国際ロータリー財団100周年記念・専門職務奉仕賞」を受賞。 2011年、ホセ・カレーラス、テノール・コンサート「Zarzuela スペインの情熱と哀愁」(サントリーホール)では、プログラム解説を担当。 サルスエラ12作品の全ストーリー、歌曲、オーケストラ曲の解説及び、~サルスエラに魅せられて~と題した紹介文を執筆。 ほか、スペイン舞踊教室、スペイン料理、スペイン音楽講座の講師等、スペイン文化の紹介に携わっている。
横浜スペイン協会理事。日本サルスエラ協会代表。

活動情報

2010年以前の活動記録

  • サルスエラについて
  • サルスエラの歴史
  • サルスエラに魅せられて
  • 本邦初演の作品

サルスエラについて

サルスエラは、マドリードで生まれ育った歌入りの芝居です。劇中に歌われるロマンサ(アリア)は、スペイン情緒溢れた美しいメロディと、歌の節回しが特徴的です。 また、フラメンコを含むスペインの民族舞踊が織り込まれ、とても華やかな舞台構成になっています。 有名な三大テノールのプラシド・ドミンゴの両親もサルスエラ歌手でした。 国の伝統的な大衆民族劇なので、子供からお年寄りまで、皆メロディを口ずさめたり、家族全員がサルスエラ歌手という家庭も珍しくありません。 私は、1992年より声楽とオペラを学ぶためにスペインに留学しましたが、音楽院で師事した教授がサルスエラ歌手兼、演出家だったため、サルスエラに深く関わるようになりました。 帰国後、神田岩本町にあるオペラサロン・トナカイの故早川正一オーナーの薦めで、サルスエラ本邦初演公演の全曲訳詞上演を手掛けることになり、日本サルスエラ協会を旗揚げし、構想から本番まで一年かけて、準備に取りかかりました。 毎年に一演目ずつ行った初演公演は、全五作品。2005年~2009年の活動休止期間を経て、2010年に元スペイン駐在大使の林屋永吉氏、横浜スペイン協会、日本サラマンカ大学友の会、 日本・カタルーニャ友好親善協会、セルバンテス文化センター東京、ほか多くの方々のご協力のもと、サルスエラの舞台創りを再開しました。 同時にスペインの童話を、有名なスペイン音楽とサルスエラの名曲で綴る、気軽に楽しめる音楽劇の上演も行うようになりました。

サルスエラの歴史

サルスエラは、オペレッタの形式をとったスペインの伝統的な舞台芸術です。歴史は古く、17世紀から始まりました。 その昔、サルスエラという名の植物(野いばら)がたくさん咲いている王様の離宮“サルスエラ宮殿”で上演されていた歌芝居がもとであることから、サルスエラと呼ばれるようになりました。 スペイン国内、特にマドリードを中心に、たくさんの楽しい作品が受け継がれてきました。 劇中の歌は、スペイン独特の節回しが織り込まれた民謡調のものから風刺歌、オペラチックなものまであり、近年ではアメリカの諸劇場の公演、プラシド・ドミンゴ氏プロデュースによるミラノ・スカラ座公演も行われました。 日本では桜田ゆみ(発足当初の名は島田ユミ子)が旗揚げした、日本サルスエラ協会によって本邦初演が行われ、訳詞上演とスペイン語圏以外での公演初、という歴史的第一歩を飾りました。 歌と芝居とスペイン舞踊で成り立つサルスエラは、他のどのジャンルとも異なり、独特な華やかさを放つ魅力的な古典芸能として、スペイン本国で今も愛され、上演され続けています。

◇17世紀のサルスエラ
初期は歌の部分が少なく、演劇主体の舞台でした。また例外を除いては「二幕もの」のスタイルの作品が主流でした。 この頃は台本の重要性が高く、劇場の名前にも台本作家の名がつけられた程。現在これらの作品の音楽は、殆ど残っていません。
■カルデロン台本「魔女のいる沖」「アポロの月桂樹」など

◇18世紀のサルスエラ
この頃からコミカルなサルスエラが生まれました。しかし、この後19世紀に入ると、イタリアオペラの人気におされ、サルスエラは次第に衰退していくことになるのです。
■デ・イタ作曲 クルス台本「バリュカスの麦刈り女たち」「ムルシアの農婦たち」
■ロザレス作曲 クルス台本「法律家ファルファーリア」
■エステーベ作曲 クルス台本「アランフェスの園丁」
■パラミノ作曲 クルス台本「宿の女主人」など

◇19世紀のサルスエラ
ヒット作がたくさん誕生しました。19世紀後半に差しかかる1840年頃から、その衰退を吹き飛ばすように、サルスエラを復興させる協会が設立され、 サルスエラ劇場も建てられました。ヘネロ・チーコと呼ばれる一幕もののサルスエラの人気が沸騰。 一時間程度で見られ、気軽に楽しめる大衆的な作品が多いからです。 サルスエラ歌手は歌うだけではなく、芝居も上手く、コメディセンスもあるので、舞台は大いに盛り上がりました。
■バルビエリ作曲「ラバピエスの理髪師」(2002年本邦初演)
■チュエカ作曲「水、カルメラ、焼酎」「大通り」(2004年本邦初演)
■ブレトン作曲「パロマの前夜祭」(2004年本邦初演)
■チャピ作曲「人騒がせな女」
■ヒメネス作曲「ルイス・アロンソの婚礼」

◇20世紀のサルスエラ
名作が続々と登場します。かつての単純な軽い大衆劇より、ドラマチックな台本が好まれるようになりました。 必ずしもハッピーエンドとは言えない物語も多くあります。
■モレノトローバ作曲「ルイサ・フェルナンダ」(2001年本邦初演)
■ゲレーロ作曲「サフランの花」「セビリヤの旅客」
■ヒメネス作曲「ラ・テンプラニーカ」
■チャピ作曲「一束のバラ」
■グリーディ作曲「エル・カセリオ」(2003年本邦初演)
■ビーベス作曲「ボエーム」「ドーニャ・フラシスキータ」

◇21世紀のサルスエラ
プラシド・ドミンゴ氏により、多くのサルスエラのCDの再録音が行われました。 ドミンゴのご両親はメキシコの劇場専属のサルスエラ歌手でした。彼がお腹の中にいた時に両親が共演したサルスエラは「マラビージャ」。 劇中の“さよならと君は言った”というロマンサを、ドミンゴはとても愛しています。

サルスエラに魅せられて

※下記の文は、2011年に行われたホセ・カレーラス、テノール・コンサート「Zarzuela スペインの情熱と哀愁」 (サントリーホール)で執筆した、プログラム解説の一部を改訂したものです。

◇サルスエラとは
サルスエラはマドリードで生まれた、歌付きの芝居が元になった、スペインの伝統的な舞台芸術です。 言うなれば、スペイン人が書いた、スペイン人による、スペイン人の為の、スペインの舞台です。 歌と舞踊とお芝居が一緒になったこの芸術は、地元、特にマドリードに根付いている文化の一つで、子供も大人も、皆メロディを口ずさんだりして、 一昔前までは、家族全員が“サルスエラ歌手”という家庭も珍しくありませんでした。 大衆演劇に近い物語の多くには、地域のお祭りや、下町の雰囲気がそのまま舞台に登場するので、スペインをとても身近に感じる事ができます。 劇中の音楽は、スペイン情緒溢れる美しいメロディや歌の節回しが特徴的で、そこにフラメンコやホタなどの民族舞踊が織り込まれ、 さらに台詞の掛け合いによるコミカルな場面が、観客を多いに沸かせ盛り上げてくれます。 民族衣装の効果も手伝い、サルスエラは他のどのジャンルとも異なった、独特な華やかさを放つ魅力的な舞台芸術として、 スペイン本国で今も愛され、上演され続けています。

◇サルスエラの花形歌手と演出
さて、サルスエラの華と言えば歌手。スペイン人の歌い手は、聴く者を魅了する声の持ち主が多い上に、パフォーマンス能力にも優れているので、 音楽と相まって演じるキャラクターが、舞台から飛び出してくる様な演出は、観客の心を捕らえ、諸外国のオペラ作曲家にも影響を与えたようでした。 例えば19世紀の作品で、バルビエリ作曲「ラバピエスの理髪師」のヒロイン、パロマという娘の登場シーンは、 ロマンサ(アリア)の前奏と同時に現れ、自己紹介の歌を歌います。 すると町の男達がコーラス部分を歌いながらパロマを取り囲み、彼女の人気振りを囃し立てて、オレッ!と声をかけるのですが、 この登場の仕方、どこかのオペラと似ていると思いませんか?そうです!フランスの作曲家ビゼーの書いた、オペラ「カルメン」の登場です。 ビゼーは、このサルスエラを見て非常に気に入り、カルメン登場の演出に取り入れたのではないかと言われています。 こうしたスペイン人らしい、持ち味を生かした華やかな演出が、演じる役を効果的に見せているのです。

◇サルスエラの楽しさと見どころ
サルスエラの楽しさは、そのストーリーにもあります。元が歌付きの芝居であることから、歌手と俳優が同じ割合で、重要なポジションを占めています。 つまり歌と台詞の部分が、ほぼ同じ分量で書かれているので、オペラにセリフが入ったものや、 普通のオペレッタだと思って見てしまうと、かなり台詞が多いなと感じてしまうでしょう。 しかし、それらの台詞の中に、日常会話で言われるスパニッシュ・ジョークや小話、習慣などのスペイン情緒が織り込まれていて、 こういう芝居の場面に観客は大爆笑となるのです。美しいロマンサも、この賑やかな部分があってこそ際立つのです。 また長ゼリフはアドリブかと思いきや、しっかり台本に書かれており、更に細かいジョークの指示まで記されているのには驚きます。 こうして、サービス精神が豊かで、コメディセンスにも優れている、エンターテイナーの歌手、俳優、ダンサーが一丸となって、 観客に笑いと感動を届ける舞台のエネルギーが素晴らしいのです。 “スペイン人は、踊りながら生まれてくる”と言われるくらいですから、この様な芸術が誕生するのも納得です。 明るくポジティブな、スペイン気質に溢れているサルスエラを見れば、本当のスペインを理解することが出来るでしょう。

◇歴史に伴った変化と発展
さてサルスエラは、年代を追うごとに少しずつ変化していきました。 まず17世紀初期は、王や貴族が楽しむ神話などが題材で、歌の部分が少なく演劇主体の作品でした。この頃は台本の重要性が高く、 劇場の名前にも台本作家の名がつけられた程です。 また例外を除いては「二幕もの」のスタイルが主流でした。残念ながら、現在はこれらの音楽は殆ど残っていません。 18世紀にはコミカルな作品が生まれ、19世紀にはヒット作がたくさん誕生し、ヘネロ・チーコと呼ばれる一幕もののサルスエラの人気が沸騰しました。 これは一時間程度で見られ、気軽に楽しめる大衆的な作品が多いからです。 20世紀には名作が続々と登場します。かつての単純な軽い大衆劇より、ドラマティックな台本が好まれるようになり、必ずしもハッピーエンドとは言えない作品も多くあります。 これらの作品のロマンサは、声楽の技術的にも難易度が高く、もはや一流のオペラ歌手が適役となる程で、 その音楽は世界的に見ても大変優れた芸術の域に価しています。 21世紀に入ると、スペイン本国ではCDの再録音も行われ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス、フアン・ディエゴ・フローレンスを初めとするスペイン出身の名歌手が、 サルスエラのロマンサを世界各地で紹介しています。 なお日本では、筆者が2001年に本邦初演を手掛け、スペイン語圏以外での最初の訳詞上演を行いました。

◇サルスエラ愛
さてスペインには、サルスエラの劇団が多数存在し、劇場公演から地方興行も行われています。 劇場といっても、正装し、事前に演目の学習をして観に行く、オペラとは異なり、家族や友人と気軽に楽しみ、 一緒に笑い、帰り道はテーマ・ソングを口ずさんで、バルでウナ・コパ!(ビールを一杯!)これぞ本場の楽しみ方、サルスエラ愛です。 おじいちゃんも、おばあちゃんも、パパもママも、昔口ずさんだ懐かしいメロディ…、思わず心がほっこりするサルスエラは、 スペイン人にとって、温かい家庭や地元の仲間を思い出す、安らぎの芸術でもあるのです

◇サルスエラの魔法
こうしてサルスエラに触れた方は、きっと“三つの魔法”にかけられることでしょう。 一曲聴けば「血“Sangre”」が騒ぎ、二曲聴けば「魂“Alma”」が震え、三曲聴けば「命“Vida”」がみなぎる…これが唯一のジャンル、 サルスエラのマジックです。そしてサルスエラの舞台を観た後は、自分もあのスペイン女性の様な、メリハリのあるボディにエキゾチックな顔立ち、 魅力的な声を持っている様な気にさせられ、単純に明るく前向きになれるのです。 …街角のショーウィンドに映った自分の姿を見て、“生粋の大和撫子”であることに気付き、思わずガッカリ…ではありますが。

◇サルスエラ万歳!
兎にも角にも多くの方がサルスエラに魅了され、魔法にかけられることを期待し、またスペインと日本の文化交流が、 サルスエラによってさらに発展することを願ってやみません。
“スペインの天才”プラシド・ドミンゴ、“スペインの宝”ホセ・カレーラス、“スペインの星の王子様”、フアン・ディエゴ・フローレンス…、 彼らから届けられる珠玉のサルスエラの数々で、感動のひと時をご堪能頂きたく、ここに尊敬と讃美の心を持ってサルスエラをご紹介申し上げます。
!Viva España!  !Vivan Las Zarzaulas!

本邦初演の作品

■サルスエラ「ルイーザ」(原作ルイサ・フェルナンダ LUISA FERNANDA)
F.モレノトローバ作曲/ロメロ&フェルナンデス・シャウ台本/島田ユミ子(*)翻訳・脚本・演出
オペラサロン・トナカイ(2001年7月8日、10日本邦初演) カロリーナ役で出演。

■サルスエラ「ラバピエスの理髪師」(原作 EL BARBERILLO DE LAVAPIES)
A.・デ・ララバルビエリ作曲/L.マリアーノ・デ・ララ台本/島田ユミ子(*)翻訳・脚本・演出
オペラサロン・トナカイ(2002年9月18日、20日本邦初演) パロマ役で出演。

■サルスエラ「カセリオ亭~山あいの人々~」(原作 EL CASERIO)
J.グリーディ作曲/ロメロ&フェルナンデス・シャウ台本/島田ユミ子(*)翻訳・脚本・演出
オペラサロン・トナカイ(2003年9月8日、10日本邦初演)
スターシア役(原作役名はイノセンシア)で出演。

■サルスエラ「パロマの前夜祭」(原作 LA BERBENA DE LA PALOMA)
T.ブレトン作曲/島田ユミ子(*)翻訳・脚本・演出
オペラサロン・トナカイ(2004年9月6日、8日本邦初演) スサナ役で出演。

■サルスエラ「ラ・グランビア~大通り~」(原作 LA GRANVIA)
F.チュエカ&バルベルデ作曲/島田ユミ子(*)翻訳・脚本・演出
オペラサロン・トナカイ(2004年9月6日、8日本邦初演) エリセオ役で出演。

*2009年より島田ユミ子→桜田ゆみに改名